LINER NOTES

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  前作『CHRONICLE』から1年2ヶ月ぶりとなるフジファブリックの新作アルバム『MUSIC』がここに完成した。前作で過去の後悔や喪失感、コンプレックスと徹底的に向き合い、ブレイク・スルーを果たそうと試みたヴォーカル/ギター、志村正彦。彼の鬼気迫る思いに貫かれた『CHRONICLE』発表後の6月に行われた全10公演の“CHRONICLE TOUR”を経て、彼らは大きな節目を迎えた。

  「アルバムを1枚作ると、視界が開けるんですよね。そこで次の方向性が見えたこともあるだろうし、僕個人としても、去年のデビュー5周年ツアーで過去の曲を振り返った経験も大きかったので、志村なりに“次は何やろう?”って考えることもあったんじゃないかなって思うんですけどね」(山内)

  そして全10公演のデビュー5周年ツアーを10月に終えた彼らはレーベルを移籍。継続的に行っていた曲作りの成果を持ち寄って、移籍第一弾アルバムの制作に向けたミーティングを行っていたという。そんな最中の12月24日に訪れたソングライター志村正彦のあまりに突然の死。本人はもちろん、メンバーやスタッフ、そして彼らの新作を待ち焦がれていたファンの無念は、とても言葉では言い表すことが出来ないばかりか、この文章を書いている筆者もその不在を自分のなかでどう扱っていいのか、まだ分からないでいる。そんな極めて特殊な状況にありながら、しかし、残された3人のメンバーは志半ばで途絶えた彼の意志を受け、準備段階だったアルバムの制作を推し進めるという勇気ある決断を下した。

  残されたデモは、ライヴやリハーサルでアレンジの大枠が固まっていたものや志村が自宅でアレンジを構築し、歌詞を付けて歌まで録音していたもの、歌詞や歌録りが未完だったものなど、その形は様々。ただし、ミーティングを通じて、メンバー間で方向性の確認は行われており、さらにはヴォーカル・テイクが単体で残されていたこともあって、実作業に向かうことが出来たのだという。

  「志村は奇妙な曲も沢山書いてきましたけど、普遍的なことを歌いたいと昔から言ってたんです。そんななか、持ってきた“MUSIC”は、思い入れが強かったというか、歌いたいことがはっきり表れているなと思ったし、彼のいう普遍的なものが感じられたんです。だからこそ、そんな曲で今回のアルバムを始めたかったんです」(山内)

  サポート・ドラマーを務めていた東京事変の刄田綴色、エンジニアの浦本雅史と高山徹の尽力を得て進められたレコーディング。いくら志村との共通認識があったとはいえ、歌や演奏ばかりでなく、多くの場面で判断を下してきた志村不在のなか、メンバー3人はその一歩一歩に判断が迫られ、加藤は「会いに」の作詞、山内は「会いに」と「Mirror」のヴォーカルを担当するというキャリア初のトライアルさえ行った。彼の死と向き合い、答えが出ることはない問いを抱えたまま、曲から伝わってくる彼の思いを形にしたいという一心で紡ぎ出された音と言葉は、どこまでもまっすぐに、その先へと向けられている。

  「今回のアルバムでは昔のことばかりじゃなく、前を向いた歌、もうちょっとポジティヴなことを歌いたいっていう話を、志村はしていましたね。そういう意味ではレーベル移籍のタイミングで、再デビューじゃないけど、心機一転、彼は大きく変わったんだと僕は思っていました」(金澤)
  「だから、今回のアルバムは、ちゃんと前に向かっているもの、彼がやろうとしていたもの。そういう作品を僕らなりに手探りで作っていったつもりです」(加藤)  

  過去の自分と対峙した『CHRONICLE』の彼方に開かれつつあった光射す未来の風景。志村正彦を含めたフジファブリックの4人がこの作品で描いている、そんな風景には無限の可能性を肯定する強い意志が宿っている。それが志村の考えていた普遍性なのだろうか? 答えが返ってくることは決してないし、音楽それ自体は放たれた瞬間に消えてしまうが、アルバムを再生すれば、何度でも、そして時を越え、さらには新旧のファンを交えて、この風景に集うことが出来る。悲しくも、それはこのうえなく幸福なことだ。あらゆる感情をのみこんで、音楽は今日も鳴る。

text by 小野田 雄
楽曲解説

※アルバム収録曲についてのエピソードなど、毎週2曲ずつスタッフが紹介していきます。(水曜日更新予定)

01 MUSIC
移籍第1弾に向けてスタートしていたデモ聴き会に志村君が持ってきたいくつかの新曲の中でも、一番気に入っていると話していた曲です。
春夏秋冬の描写がありつつ、そこには一貫して流れている思いがあって、その思いに象徴されているのが彼の目指していた普遍性なのかもしれないなということで、アルバム・タイトルが決まった段階で、この曲のタイトルも “MUSIC”になりました。この曲からアルバムを始めたい、というメンバー全員の一致した思いから、満場一致で1曲目に。ドラムが入っていないのは「あえて抜いた」と志村君が話していたので、それをそのまま貫き通したアレンジになっていて、結果的にはアコースティックギターとコーラスが前面に出た、不思議なバランスの曲に仕上がりました。

02 夜明けのBEAT
今回のアルバムで、一番始めにレコーディングした曲。新しく何かが始まる予感とドキドキ感を、疾走するビートとリフに乗せて駆け抜ける、フジファブリック節炸裂の1曲です。
後半に登場する渾身のギターソロは、デモに入っていた志村君のプレイをそのまま使っています。メンバーと、「志村君がこの曲を持って来た時に、“俺、いいギター弾くだろ?”って、ニヤニヤしながら言ってたのを覚えてるから、このギターソロは絶対に入れたいね」という話になって。
そしてこの曲は、7月16日から始まるテレビ東京系ドラマ24「モテキ」主題歌に決定しました!!
「モテキ」にこんなにぴったりの楽曲はないね、というのが関わった皆の感想です。不思議なパワーを感じます。
是非、ドラマの方もチェックしてみて下さいね!

03 Bye Bye
PUFFYのアルバム『Bring it!』(2009年)に志村君が提供した曲のフジファブリック・バージョン。自らサウンドプロデュースも手掛けたとあって相当に気合いが入っていた作品だったそうですが、そもそもPUFFYが歌うことを想定して考えた派手なアレンジだったし、志村君の歌とはキーも雰囲気も違う、ということで、今回バンドで改めてやるにあたってはまた別もののアレンジとして考えました。彼がとても気に入っていたこの曲を、自分達の作品としても世に出したいという思いが強くあったので、今回のアルバムレコーディングでも「夜明けのBEAT」と共に、序盤にレコーディングした楽曲です。
この曲は特に、ベーシックなリズム録りの後、志村君のデモにあったコーラスワークや考えつく限りの楽器ダビングをいったんMAXに重ねてみてから、改めて検証して削ぎ落としていくというやり方で録りました。結果、歌が前面に出た、すっきりとまとまりのある仕上がりになったと思います。


志村君が、親友であるメレンゲのクボ(ケンジ)さんに打ち込みを手伝ってもらいながら一緒にデモを作っていたという新曲で、デモ聴き会にもサビのメロディーや歌詞を何度か書き換えた形で持ってきていました。進行形のどのバージョンも、サビには「Hello」という言葉がのっていて、歌いたいメッセージは最初から一貫していたんだな、と思います。「夜明けのBEAT」もそうですが、未来へ向かう期待感が独特の志村節で歌われています。
デモ段階では完全に打ち込みの曲だったのですが、志村君が「ギターをたくさん入れて欲しい」とソウ君に言っていたり、打ち合わせでも打ち込みとバンドサウンドの融合を目指してみようという話になっていたので、その頃合いを探るところからレコーディングはスタートしました。結果、ベースはすべて加藤さんが生で弾いているし、ギターも合間を縫って入れてみて結果正解だねという話になりました。『CHRONICLE』の「バウムクーヘン」の延長にある曲、とメンバーがインタビューで語っていましたが、キラキラしたかなり新しいサウンド感になっているのでは。
最終的には、リミックスに近いミックスワークを高山さんにお願いして、全員が納得!の仕上がりとなりました。

05 君は僕じゃないのに
昨年秋のデビュー5周年ツアーで、「新曲をやります」と言って演奏した曲。
5周年ツアーのリハーサルで出来た曲だそうですが、元々の志村君のデモではギターが前面に出たアレンジになっていて、今とは違う印象です。ライブでやるにあたってピアノを軸にしたバラード的なアレンジでいったん完成されていましたが、今回のレコーディングに際しては、また一から曲を解釈し直して、違う方向のトライアルもいろいろと試してみました。結果、ピアノ軸は変わらず、そこにソウ君のピアノオルガンをダビングすることで、新鮮なエッセンスが加わりました。この曲は、歌詞の部分でも「古ぼけた写真 握りしめて 決して紙ヒコーキはだめ」とか、「深緑の服を着て 君に伝えに行こうかな」など、志村君ならではの独特な表現が心に刺さる曲です。

06 wedding song
志村君がマネージャーの結婚式でびっくりさせようとして、こっそり作っていた曲。
当時、相当な自信作が出来たとニヤニヤしていたらしいです。気合を入れて、マネージャーに内緒で10回くらいミックスしていたとか(ダイちゃん談)。当時の志村日記にもその時の様子が書かれているので、存在を知っている方も多いと思いますが。そういうわけで、これまでのフジファブリックにはない、超ストレートな祝福ソングに仕上がっています。そういう曲ではありましたが、志村君が自分で今回の新作に向けてのデモ聴き会にこの曲を持ってきていて、アルバムには元々入れようと考えていました。『CHRONICLE』収録の「Anthem」にも通ずる壮大さを持ちながら、飾らないパーソナルなメッセージが可愛らしくもある、不思議な魅力を持つ曲です。

07 会いに
志村君が昨年末、年末イベントのリハをしているときに作っていた最新曲。
「トシちゃん(刄田綴色さん)のドラムをイメージして」出来た曲だそうで、アルバムの中でもこの曲だけ作り込んだアレンジデモが存在せず、リハーサルスタジオでメンバーと刄田さんと一発録りしたラフな曲デモがあるのみでした。志村君はこの曲をとても気に入っており、年明けにレコーディングする曲を決める打ち合わせでも、満場一致で「まず録ってみよう」という話になっていました。その時点で歌詞はまだついておらず、サビの部分だけ♪会いに行くよ~♪という言葉が乗っていました。
アルバム制作の過程の中で、この曲は最初から最後まで、ある意味一番肝となっていた楽曲だと思います。唯一、歌詞も志村君のボーカルトラックも残されていない曲、という状況ではありましたが、志村君を含めた皆がとても気に入っていたこの曲を、「フジファブリック」の最も新しい作品として完成させて世に出したいという強い思いをメンバーとスタッフが共有出来たからこそ、これまでにないトライアルをしてみよう、という話に自然となりました。メンバーの意思は、「志村の残したものを3人で完成させたい」という部分で全くブレていなかったので、結果的にフジファブリックというバンドの枠を少し広げることになったとしても、不思議なほどフジファブリックっぽい楽曲に仕上がっているのではないかと思います。爽やかな曲調にマッチしたソウ君のボーカルワーク、初作詞とは思えない加藤さんの卓越した言葉のセンスにも注目です。

08 パンチドランカー
デモを聴いた瞬間に、皆で「天才すぎる」と顔を見合わせてニヤリとしてしまった物凄い展開の曲なのですが、刄田さんのドラムパターンに触発されたリズムアレンジによってさらに奇天烈な仕上がりになりました。こんな曲が作れるのは、世界広しと言えども間違いなくフジファブリックしかいないと思います。フジファブリックはギターリフが印象的な楽曲が多いのですが、この曲はあえてリフじゃないギターを思ったままにいろいろダビングしていて、それによってカオス感が倍増されています。”うねりあげているテレキャスター”という歌詞に合わせてテレキャスターを入れる予定だったのに、ギターを録る日にうっかりテレキャスターを忘れて来て、あわてて持って来てもらったというエピソードも。一度聴いたら確実に耳に残る、中毒性の高い曲です。

09 MIRROR
この曲は圧倒的にソウ君ワールドなのですが、志村君の摩訶不思議な歌詞と、刄田さんの「悪魔のような」ドラムをきっかけに大変貌を遂げた曲です。
元来ソウ君がアルバムに提供する曲は、「水飴と綿飴」「まばたき」のように、アルバム全体の中でちょっと流れを変えるクッションのような役割を果たしている曲が多くて、この曲を最初に聴いたときもそんなイメージでピックアップしていました。
ところが…
禁断の悪魔ドラムに導かれた結果、鏡の中に吸い込まれていきそうな魔力に満ちた詞世界を体現する破壊的な曲となり、一筋縄ではいかないフジファブリックの深い淵のようなパワーを垣間見た気がします。
無国籍な感じを追求したソウ君のこだわりで、シタールはあえて本物のシタールではなくシンセで表現していたり、この曲のレコーディングのためにわざわざ購入したというタブラマシーンを持ってきて、スタジオに何とも言えないお香の匂いが漂ったりしてました。間奏部分の逆回転、ディレイを効かせたサウンドコラージュを聴くと、本当に異空間にワープしそうな気持ちになります。柔らかく透明感のあるソウ君のボーカルが、なぜかミステリアスな妖しさを相乗させている、物凄く癖になる曲です。

10 眠れぬ夜
志村君が遡ること何年も前からずっとあたためていた曲。何度かスタジオでプリプロレコーディングまで行いながらも、何が気に入らなかったのか頑なに作品として発表することを拒んでいたそうですが、昨年末の曲聴き会に自分からこの曲を持って来ました。
最初に聴いた瞬間、ギュッと掴まれた気持ちを鮮明に覚えています。物凄くいい曲だね、と言うと、照れたような笑みを浮かべていた志村君。どんな心境の変化があったのかは誰にもわからないのですが、アルバムの肝となる曲になることは間違いない、と誰もが思っていました。
この曲には生のストリングスを入れたい、というのが志村君が最初から言っていたことで、レコーディングにあたっても、ストリングスが入ること前提でベーシックを録っていきました。フジファブリック史上初となる本格ストリングスのアレンジを担当したのは、これまた弦アレンジ初となるダイちゃん。あくまでバンドサウンドに寄り添うストリングスということで、綺麗にゴージャスになり過ぎないように、というポイントをふまえた素敵な仕上がりになりました。
エンディングは当初はフェイドアウトの予定だったのですが、どんどん展開していき頂点に到達するアウトロの高揚感、ジャムバンドのようなラフな終わり方があまりにもカッコよくて、そのまますべて残すことに。アルバムの締めくくりにふさわしい、シンプルな想いを吐露しながらもドラマチックな印象を併せ持つ、歴史に残る名曲になったと思います。

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